縄文の貴重な遺跡が発掘された 東松島市 の 里浜地区 にある『 奥松島縄文村歴史資料館( 宮城県東松島市宮戸字里81-18 ) 』で、夏にイベントが開催されてかいたので行って来ました。
資料館の中では、縄文人の作った大きな貝塚の断面が保存されていたり、発掘された動物の骨製の釣針・石器など当時の暮らしを彷彿とさせる道具類が展示されていました。客席を備えたスクリーンルームでは、発掘から想定される当時を再現させたかのようなオリジナルの映像も見る事が出来ました。
同館の西側に実際の遺跡群が保存されているそうですが、標識などを見つける事が出来ず迷ってしまい行く事は出来ませんでした。次回是非足を運びたいと思います。
上の写真は、舞ぎり式火起し に挑戦した様子。火起しに成功すると証明書が貰え、次回の入館料が無料になります。 そう言えば火起しは、秋保二口のビジターセンター で 弓切り式( エジプト式・縄文式 )を体験した事がありましたね。そらの、丁度この幾日か前に『 仙台縄文の森広場( 仙台市太白区山田上ノ台町10-1 )』 へも行きました。何かイベントもやっていたようでしたが混んでいたので再現された 竪穴式住居 などを見学したので、縄文体験は濃厚なものになったと思います。この後、漁港の浅瀬で磯カニも捕まえました。
ご本人がまだ1〜2歳の頃、東日本大震災 の前に、室浜 と 月浜 に海水浴に来た事がありました。紙おむつでヨチヨチ歩きの頃ですからまぁ、足を浸すだけの水遊び程度のものですけどね。
震災後、月浜 や 大浜、室浜 がどうなっているのかまだ見に来ていませんでしたので、少しドキドキでした。野蒜地区の壊滅はテレビなどで見て知っていましたが、道中実際に見た車外の景色は以前良く知っていた物とはかけ離れて凄まじく、未だに恐ろしくさえ感じました。到着した月浜は、震災前の面影を残すのは砂浜と漁港の堤防のみで、浜にあった住宅はひとつも残っておらず、高台へ移転していました。大浜は周囲一体が不毛の大地、住宅や作業小屋、畑や草木ひとつなく空が広く感じる景色となっていました。民宿などが立ち並んだ集落のあった場所にはポツンと真新しい公衆トイレが設置されていました。室浜も似たようなものです。
ところで、ご本人に取って物心がついてからの初めての海水浴。海というものが何ものか分からない恐怖感があったからなのか当初は拒否。ではという事ではじめは海や波を見るだけからスタートしました。あまりタチの良くなさそうな若者らのはしゃぐ姿や子供たちの走り回る姿を見るに付け慣れてきたようなので、隠し持って来た水着を渡すと嬉々として着替えて海へ。これほど塩分が濃くて波の動きが激しいとは思ってなかったそうです。貴重な体験をしましたね。
因みに、月浜の海水浴場は、砂浜にテントだらけ、砂浜の砂が見えない程テントがひしめき合っていてある種異様な光景でした。少し前はテントなんて高くて誰もが持っているものではなかったですもんね…。
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